おいしい台湾茶を探して

おいしい台湾茶を探して 高山茶農家、陳さん蔡さんとの出会い

2020年1月25日、私たちは約1年ぶりに台湾へやってきました。今回の旅の目的はおいしい冬茶と、それを生産している農家さんを探すこと。ふつうお茶は春から初夏にかけて採れるお茶が、一番おいしいお茶として通年を通して飲まれます。でも、特別な気候の台湾では寒い季節に育った冬茶も、独特のおいしさがあることで有名です。今回の旅ではそんなお茶を見つけることが最初の目的になりました。ともかく、台北の桃園国際空港を出た私たちは、まずは鉄道にのって台湾中部地方、凍頂烏龍茶で有名な凍頂山がある鹿谷へと向かいました。

陳さん蔡さんの揚津茶業のこと

鹿谷から山道を登っていくと、峠のあちこちに農家の方が営む茶葉の直売店が見えてきました。まずは、気になったお店から次々に入って、お茶の試飲のスタートします。ここから数日かけて周辺の農家さんや直売店をめぐることになりました。次々に出てくるお茶を飲み比べながら、茶葉についての説明を聞いて回ることの繰り返し、ここぞというお茶を探しました。

そんななかで私たちが出会ったのが「揚津茶業(やんちんちゃぎょう)」の龍鳳峡高山茶(りゅうほうきょうこうざんちゃ)でした。私たちは、そのお茶のしっかりとした香りとやわらかな甘みにすっかり魅了されました。

「揚津茶業」をお茶をつくっているのは旦那さんの陳(ちん)さんと奥さんの蔡(さい)さんのご夫婦です。二人がこの地域に茶畑をはじめたのが一九八二年のこと、最初は陳さんのおじいさんがお茶農家をしていた凍頂山で茶葉の栽培をはじめ、その後、陳さんが杉林渓(さんりんけい)にも茶畑を広げていきました。陳さんが茶葉の栽培をはじめたのは杉林渓でもかなり早く、今ではお茶の産地として知られる龍鳳峡にも、そのころは数えるほどしか農園はなかったそうです。茶葉の卸売りに加えて、自分たちでも直売店をはじめたいと考えていた矢先、海外へ引っこすことになった友人から、今のお店を譲り受けたのが2007年のこと。それから夫婦でいくつかの農園と「揚津茶業」の店舗を運営しています。

 扱っているのは、この土地の農園で二人が育てた茶葉で、種類は、杉林渓、龍鳳峡、金宣茶、高山紅茶、凍頂炭焙茶と豊富にありました。茶畑は、杉林渓と龍鳳峡、それに陳さんの実家である凍頂山の3ヶ所にあり、毎年6トンほどの茶葉を生産しているとういうことでした。

お茶の試飲
茶葉

そんな話を私たちにしてくれたのは、奥さんの蔡さんでした。蔡さんは日本語を話すことができるので、いろいろとお話をお聞きすることができました。二人の出会いのエピソードや、店頭の飾り棚に並んだ陳さんコレクションの古い急須やお茶道具の話、この地域のお茶作りのこと。話を聞くほど、二人の人柄やお店へのこだわりが伝わってきました。

 会話のなかで、蔡さんはわからない言葉があるとそのつどスマートフォンで調べてくれます。会話の中でどうしてもわからない言葉あったとき、日本の友人に電話をして通訳を頼んでくれたのには、あまりの親切さにびっくりしてしまいました。

お茶を袋に詰める陳さんと蔡さん

お茶を袋に詰める陳さんと蔡さん

CHAIRO のメンバーも一緒に記念撮影

CHAIRO のメンバーも一緒に記念撮影

蔡さんの人柄がわかるこんなエピソードがあります。私たちが冬茶の仕入れの契約を終え、店を出ようとしたときのことです。「この辺りで美味しいご飯が食べられるところはありますか?」と私は何気なくたずねました。すると蔡さんからは「鶏の丸焼きはもう食べたのね…餃子はどう? 少し待てる?」と思わぬ答えが。驚く私たちを残して店の奥へ去っていく蔡さん…。10分ほどして戻ってきた蔡さんが持ってきてくれたのはお皿に山盛りの餃子でした。「えー! こんなにたくさん!」とおどろいていると、それにくわえて、鹿谷でよく食べられているという筍のスープ、青菜の炒め物まで、あっという間に食べきれないほどの料理が食卓に並びました。あまりの優しさにとまどいつつ、こんなもてなしを自然にしてくれることに感激しました。息子さんの奥さんの実家で作っているという餃子は、これまで台湾で食べた物のなかで一番おいしく感じました。

この旅で一番おいしかった蔡さんの餃子

この旅で一番おいしかった蔡さんの餃子

筍のスープ、青菜の炒め物

龍鳳峡へ

翌日、どうしても二人が高山茶を栽培している龍鳳峡をこの目で見たい! 茶葉を美味しくするという空気を吸ってみたい! という思いから、蔡さんに茶畑を見せてほしいとお願いしてみました。

 すると、龍鳳峡は農作業用の車ではないと行けない山の中にあるとのこと。少しくだったところにある竹山の茶畑を見に行ってはどうかと提案されました。でも、私たちはどうしても二人が高山茶を栽培している龍鳳峡をこの目で見たくなっていました。無理をいって茶畑の場所を教えていただき、ともかく龍鳳峡まで向かうことになりました。

 龍鳳峡は、高山茶の産地として知られる杉林渓のなかにあります。陳さんと蔡さんのお店「揚津茶業」があるあたりでも標高は十分に高いのですが、その中でも龍鳳峡はさらに高地にあり、標高は1800mにもなります。茶の産地として有名なこのあたりで最初に開拓された凍頂山が標高600mほどなので、龍鳳峡がいかに高いところにあるかがわかります。茶畑がどんどん高い場所へ広がっていった理由は、標高が高い場所でとれた茶葉ほど、香りがよく高級とされているからかもしれません。

 その日、鹿谷は雲に覆われて雨が降っていました。山道を車で上がっていくと、雲を抜けて、銀杏森林という場所にでました。そこは杉林渓の入り口にあたるエリアで、そこからもすでに茶畑が広がっているのが見えます。ここまでは車でも手軽に来れるので、車や観光バスでやってきて、自然の中を散策している人たちがいます。茶畑のふもとを小川が流れ、コロコロとカエルの鳴き声のような音が聞こえていました。

銀杏森林の看板
地名を示す看板

天空の茶畑

いったん車を止めて、案内の地図をみると、ここからさらに山奥に入っていったあたりが杉林渓で、その山頂のひとつが龍鳳峡だとわかりました。ここから先どんな山道へ入っていくことになるのでしょうか。龍鳳峡まで私たちが行くことを心配していた蔡さんの「農作業用の車ではないと行けない」という言葉を思い出して、少し不安になりながら、峠のようなクネクネ道を車を走らせました。道のところどころには地名を示す看板が立っていて、そのつど確認して登っていきます。車を停めて地図アプリを確認しては、少し戻り、また進んで、引き返して、の繰り返しです。最後には車で走るのも心配になるような鬱蒼とした林道を走っていました。本当にこんなところに茶畑があるのか不安になるような細道です。でも、どうやら地図はそちらを示していました。

 半信半疑のまま、しばらく車を走らせると、とつぜん、視界が大きく開けた場所に出ました。車を降りると、そこには山の急斜面に茶畑が遠くの方までつづく景色が広がっているのが見え、あたりにはかすかにお茶の香りがしているようです。私たちはまるで天空の茶畑のようだと思いました。地図を確認するとどうやら、今見えているのが龍鳳峡のようでした。

龍鳳峡の景色

龍鳳峡の景色

山頂からつづく急な斜面にそって茶畑がはりついていました。畑の合間には、製茶工場と思われる建物がぽつぽつと建っています。そのあいだを、縫うようにして作業用の道が見えますが、車もすれ違えないような細い道で、急斜面を蛇行するように続いています。雲は目線のしたにあって、谷間を流れていくようでした。空気はひんやりして、ここが熱帯の台湾だとはとても思えません。
 
 険しい風景を眺めていると、こんな山奥を切り拓いて畑にすることも、茶葉を栽培し収穫しつづけることも容易ではないと感じました。目の前に広がる厳しい環境は、お店で会った陳さん蔡さんの物静かでやさしい印象や、そこで飲んだ柔らかくて深い甘みの高山茶のイメージとは、なかなか結びつきません。でも、二人の茶畑もたしかにこの龍鳳峡にあって、昨日、揚津茶業でいただいたお茶もここで収穫されたものなのでした。龍鳳峡をつつんでいるこのひんやりとした空気が、ここで育つお茶を美味しくするのだといいます。私たちは胸いっぱいにその空気を吸い込み、時間を忘れて龍鳳峡の景色をながめていました。


急斜面にはりつくように茶畑が続いています

急斜面にはりつくように茶畑が続いています

3月になり、私たちの住む長野県にも春の気配が遠くに感じられはじめたころ、陳さん蔡さんから龍鳳峡高山茶の冬茶が届きました。密封されたパックを開封すると、あたりに冬茶のいい香りが広がります。お湯を沸かして、最初の一杯をいれました。お湯の中で大きく茶葉が開いて、豊かな香りをふくんだ湯気が立ち上ります。それと一緒に、龍鳳峡の茶畑の景色、空気の冷たさ、陳さん蔡さんの顔が思い出されました。標高1800mの厳しい自然のなかで育った高山茶は、お茶を美味しくするという冷たい空気を吸って、しっかりした香りと、陳さん蔡さんの人柄を思わせる、やさしい味がするのでした。

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